35年住んだ島を離れる。
これからが本当の私の人生のはじまり
35年住んだ島を、離れることになった。
最近では、わりと毎日バタバタしている。
それでも、ふとした瞬間に思う。
ああ、私はこの島を出るんやな、と。
海の色も、風の匂いも、見慣れた道も、夕方の空も。
ずっと当たり前みたいにそこにあった景色が、急に「思い出」になろうとしている。
たぶん、離れると決まったからこそ、ちゃんと見えるものがある。
ずっと住んでいたのに、ずっと見えていなかったものがある。
この島には、私の35年がある。
楽しかったことも、しんどかったことも、飲み込めなかった気持ちも、言葉にできないまま置いてきたものも。
今日は、その話を書こうと思う。
きれいな思い出話だけではない。 でも、誰かを責めたいわけでもない。
ただ、私がここまで生きてきて、ようやく今!
「これからは、自分の人生を生きてもいいんじゃないか」
と思える場所まで来た。
その記録として。
そして、これからの私に向けた、はじまりの手紙として。
私は2歳のとき、母の離婚をきっかけに、大阪から母の地元であるこの島に戻ってきた。
島での暮らしは、のんびりしているように見える。 海があって、山があって、空が広くて、時間がゆっくり流れているように見える。
でも、子どものころの私にとって、家の中の時間はあまりゆっくりではなかった。
小学生のころ、母は働いていた。
家には、足の不自由な祖父がいた。
祖母は入院していた。
私は、働く母の代わりに、祖父の介護をしていた。
今、大人になってから文字にすると、胸の奥が少し痛くなる。
あのころの私は、まだ小学生だった。
本当なら、学校から帰ってきて、友達と遊んだり、テレビを見たり、だらだらしたり、そんな時間があってもよかったのかもしれない。
でも、家にはやらなければいけないことがあった。
正直に言うと、それが嫌だった。
嫌だった、と書くのは少し勇気がいる。
薄情に見えるかもしれない。 冷たい孫だったと思われるかもしれない。
でも、あのころの私は、たしかに嫌だった。
どうして私なんだろう。
どうして私は、子どもなのにこんなに我慢しないといけないんだろう。
そんな気持ちを、うまく言葉にできないまま抱えていた。
そして今になって思う。
もっと優しくしてあげたらよかったな、と。
祖父に対しても。 あのころの自分に対しても。
たぶん、私は祖父に優しくできなかった自分を責めているところがある。
でも同時に、あの小さな私も、誰かに優しくしてほしかったのだと思う。
子どもなのに大人みたいに振る舞わないといけなかった。
甘えたいのに、甘えられなかった。
しんどいと言いたいのに、言えなかった。
そういう気持ちは、きっと身体のどこかにずっと残る。
忘れたふりをしても、消えずに残る。
中学生になると、また違う形のさみしさがあった。
夜、私が寝たと思ったころに、母が家を出ていくことがあった。
なんとなく、何をしてたかは察していたけど
詳しく知らない。
ただ、家には私ひとりだった。
夜の家でひとりきりになると、音が大きくなる。
冷蔵庫の音、外の風の音、遠くを走る車の音。
普段なら気にもならない音が、急にこちらを見ているように感じる。
私は布団の中で、寝たふりをしていたのかもしれない。
本当に寝ていた日もあると思う。
でも、心のどこかでは気づいていた。
また、ひとりなんやな、と。
島の夜は静かだ。 その静けさは、優しい日もある。
でも、ひとりの子どもには、少し広すぎる夜だった。
高校生のころ、母が借金を作った。
私は、本当は製菓の専門学校へ行きたかった。
お菓子を作ることに興味があった。
好きなことを学んで、いつかそれを仕事にできたらいいなと思っていた。
でも、その道は諦めることになった。
私は働くことを選んだ。 というより、選ばざるを得なかった。
働き始めても、給料のほとんどは母に渡していた。
自分で稼いだお金なのに、自分のためにはほとんど使えなかった。
自由がなかった。
この「自由がなかった」という言葉は、簡単に見えるけれど、私の中ではとても重い。
好きなものを買う自由。
行きたい場所へ行く自由。
将来を選ぶ自由。
今日は疲れたから休みたい、と言える自由。
そういう小さな自由が、少しずつ削られていくと、人はだんだん「自分の人生」を遠く感じるようになる。
私はずっと、我慢することに慣れていた。
我慢するのが普通。 諦めるのが普通。
自分の希望は後回し。 まずは家のこと。 まずは誰かのこと。
そうやって生きているうちに、自分が何をしたかったのか、わからなくなっていった。
結婚したとき、私は少しだけ思った。
これでやっと、自分の人生が始まるのかもしれない。
だけど、現実はそんなにドラマみたいには進まなかった。
私の結婚をきっかけに、母は自己破産した。
そして、私は「これから自由に」と思ったタイミングで、まさかの同居生活が始まった。
同居には、助かったこともたくさんある。
子どもが小さいとき、手があることは本当にありがたい。
ひとりではどうにもならない日もある。
助けてもらったことがあるのは、間違いない。
だから、全部を否定したいわけではない。 感謝している部分もある。
でも、それでもやっぱり、自由はなかった。
家の中に、自分の空気を作れない感覚。
何かを決めるときに、いつも誰かの目や空気を気にしてしまう感覚。
「私はこうしたい」と思っても、それを最後まで通せない感覚。
結婚して、子どもが生まれて、家族ができても、
どこかでまだ私は、自分の人生の主役になりきれていなかったのかもしれない。
13年。
同居生活は13年続いた。
13年と書くと短いようにも見えるけれど、人生の13年は長い。
その間に子どもは大きくなる。 自分も年を重ねる。
暮らし方も、考え方も、少しずつ変わっていく。
そしてようやく、私たちは家を出ることになった。
この引越しは、ただ場所を変えるだけではない。
私にとっては、人生の重心を取り戻すことに近い。
35年住んだ島を離れる。 13年の同居を終える。
ずっと続いていた我慢の形を、ここで一度終わらせる。
もちろん、不安はある。
引越しにはお金もかかるし、手続きも多いし、新しい生活は簡単ではない。
夢だけで生活はできない。 現実はちゃんとある。
でも、それでも私は思っている。
やっと、これからが本当の私の人生のはじまりや、と。
大げさに聞こえるかもしれない。 でも、私にとっては本当にそうなのだ。
誰かのために我慢する人生から、 自分たち家族の未来を選ぶ人生へ。
「仕方ない」で飲み込んできたことを、 「これからどうしたい?」に変えていく人生へ。
私は、お金持ちになりたいわけではない。 もちろん、お金は大事だ。 めちゃくちゃ大事だ。 きれいごとだけでは暮らしていけない。
でも、私が欲しいのは、ただの贅沢ではない。
豊かな暮らしがしたい。
朝、窓を開けて気持ちいいと思えること。 家の中で、深呼吸できること。 子どもたちが、自分らしく過ごせる環境にいること。 夫婦で、これからの話をちゃんとできること。 やりたいことを「どうせ無理」とすぐに閉じ込めないこと。
そういう暮らしがしたい。
お金持ちじゃなくてもいい。 でも、心がいつも不足しているような生活からは抜け出したい。
子どもたちには、我慢することが当たり前だと思ってほしくない。 自分の未来を選んでいいんだと思ってほしい。 好きなものを好きと言える場所にいてほしい。 安心して帰ってこられる家があってほしい。
私たち夫婦のこれからと、子どもたちの未来。 その両方を考えて、移住と引越しを決めた。
これは、逃げるための引越しではない。
生き直すための引越しだ。
島を離れることに、さみしさがないわけではない。
この島には、私の人生が染みついている。 苦しかった記憶だけじゃない。 きれいな夕日も、潮の匂いも、何気ない帰り道も、子どもたちと見た景色もある。
離れると決めた今になって、景色が急に優しく見えることがある。
ずるいなあ、と思う。 今さらそんな顔するんや、と思う。
でもきっと、そういうものなのだと思う。 ずっと一緒にいた場所は、離れる前になってようやく、こちらに大事なものを見せてくる。
これまでの私は、我慢することが多かった。 諦めることも多かった。
自分の気持ちを後回しにすることも、たぶん人より少し多かった。
でも、その全部が無駄だったとは思わない。
しんどかったことは、たしかにしんどかった。 なかったことにはしない。 美談にもしたくない。
でも、その中で私は、見えないところでずっと何かを育てていたのかもしれない。
暮らしを変えたい気持ち。
創作したい気持ち。
自分の世界を持ちたい気持ち。
子どもたちには、もっと自由でいてほしいという気持ち。
ずっと土の中にあった種みたいなものが、今になってようやく芽を出そうとしている。
35年住んだ島を離れる。 それは、過去を捨てることではない。
この島で生きてきた私を連れて、次の場所へ行くことだ。
小学生のころ、しんどいと言えなかった私も。 夜にひとりで家にいた私も。 夢を諦めて働いた私も。 自由がないと感じながら、それでも毎日を回してきた私も。
全部、置いていかない。 全部、連れていく。
そしてこれからは、少しずつでもいいから、私が私の人生を選んでいきたい。
誰かに決められるのではなく。 流されるのでもなく。 「本当はどうしたい?」と自分に聞きながら。
新しい暮らしが、完璧じゃなくてもいい。 最初からうまくいかなくてもいい。 段ボールだらけの部屋で、疲れ果ててコンビニごはんの日があってもいい。
それでも、そこに私たちの意思があるなら。 自分たちで選んだ暮らしなら。 それはきっと、豊かさのはじまりになる。
35年住んだ島を離れる。
さみしい。 こわい。 でも、楽しみでもある。
やっとここまで来た。
ここからが、ほんとうの私の人生のはじまりだ。
そして私は、そのはじまりを、ちゃんと自分の言葉で残していきたい。


自分の人生を、自分の時間を、自分の感覚で過ごして下さい!!
そして楽しんで、いつまでもhannaちゃんが、深呼吸して笑っていられる様に祈ってます!!
ハンナちゃんの優しさ、強さはどこから来ているんだろうとずっと考えていました
長かったね...これからはハンナちゃんがやりたいことをやりたいように進んでいってほしいなと心から願います⭐️
遠回りになってもいい!とにかく!
ハンナちゃんがやりたいことを片っ端からやっていこ✨